旅先では楽しい思い出を壊してしまわないよう、事故や犯罪被害には遭わないよう注意したいものです。タイは東南アジアの中でも治安の良い国ですが、それでも旅行者はスリや置き引き、詐欺などの犯罪に狙われています。
わたしも以前、満員のバスの中でショルダーバッグを切られて中身を狙われるスリに遭ったことがあります。その時はポケットティッシュを盗られただけで済みましたが、油断なりません。
財布はおろかパスポートまで盗られたという知人もいます。
今回は、以前わたしが旅行でタイへ行った際の詐欺被害についてご紹介します。
詐欺被害とはいっても、あまり深刻な被害ではないですが、決して他人事だと思わずにみなさんも気をつけてください。
国立博物館での出会い
バンコクで一番の人気観光スポットは「王宮」と「ワット・プラケオ」です。ワット・プラケオは王宮内寺院で、王宮敷地内にあります。
また、王宮周辺には涅槃寺として有名な「ワット・ポー」、王宮前広場「サナム・ルアン」、「国立博物館」、「国立劇場」などの有名観光スポットがあります。
その日は以前にも行ったことのある国立博物館へ、数年ぶりに見学に行っていました。仏教関係や王室関係の文化財を観覧し終わり、門の外でタクシーを探しているときでした。
「博物館を見学していたんですか?」
背後から英語で話しかけられました。身なりの良い中年のタイ人です。
「あっ、はい、そうですけど……。」
「タイの文化に興味があるんですね。このあとはどちらへ?」
「いえ、ホテルへ帰ろうかと……。」
「せっかく来たんですから、この近くのお寺を見て行けばいいのに。」
「はい、ワット・プラケオやワット・ポーは行きました。」
「そうですか。それほど有名ではないけど、すばらしいお寺がもっとあるんですよ。もし見たければ、トゥクトゥクを安く交渉してあげましょうか。近くなのでそれほど時間はかかりませんよ。」
トゥクトゥクはタイ名物の3輪タクシーです。
「あ、そうですか……。」
わたしがどうしようかと考えている間にも、彼はトゥクトゥクを捕まえ、
「OKだそうです。お寺を3か所回って、全部で50バーツです。安いですよ。」
なるほど、それはずいぶん安い。
「何か書くものは持っていますか。」
わたしがメモ帳を差し出すと、彼は英語とタイ語とで、3つのお寺の名前を書き、その後に何やら店の名を書いています。
「ここはテーラーです。お寺を見た後に時間があったら寄ってみてはどうですか。いまポロモーションをしていて、今日が最終日らしいですよ。もし興味があれば。」
彼は運転手にお寺を指示し、わたしをトゥクトゥクの座席に促します。特段予定もないし、お寺巡りは好きなので、まあ行ってみるかという気持ちになっていました。
快適トゥクトゥクでお寺見学へGo!
トゥクトゥクは博物館から北東の方角へ向かい、最初のお寺を目指します。
(さっきの人は誰だったんだろう、ボランティアガイドか何かかな?随分親切なこと……。)など考えながら、まもなく最初のお寺に到着。
お寺はわたしが持っていたガイドブックには載っていないローカルなお寺でした。トゥクトゥクのお兄ちゃんは、わたしがしばらく見学している間、のんびり待っていてくれます。そして第2、第3のお寺へ。
最後のお寺は、かろうじてガイドブックに小さく載っているお寺でした。金色の大きな仏像が野外に立っています。
大仏を見学していると、70歳ぐらいのタイ人のおじいさんが話しかけてきました。
「どこから来たんですか?」
「日本からです。」
そこからおじいさんは、この仏像について、またお寺での参拝の作法について説明してくれます。
今日は随分フレンドリーで親切な人に会います。しばらく話を聞いて、また仏像も十分堪能したので、お礼をいって引きあげることにしました。
「あ、あなた、これからどこへ?」
「もう帰ります。」
「そうですか。あのー、この近くに仕立て屋さんがあって、今日はプロモーションの最終日らしいですよ。時間があるなら行ってみるといいですよ。それじゃあ、さようなら。」
おじいさんはそう言い残すといずことなく立ち去って行きました。(ふーん、仕立て屋さんねぇ。そういえば博物館でもいってたなぁ。)など考えながらトゥクトゥクへ。
お兄ちゃんも片言の英語を話します。
「仕立て屋さん行きますか?」
「ここから近いの?」
「はい、すぐそこ。」
「じゃあ、行ってみようか。」
ということで覗いてみることに。(親切な二人がいうんだから、損はないかな?べつに買わなくてもいいし。)と考えていました。
謎のテーラーでの顛末
連れて行かれたのはこじんまりした仕立て屋さん。バンコクにはよくあるタイプの店で、これといって特徴は見当たりません。
店へ入ると、小柄なタイ人の主人が満面の笑みをたたえて迎えてくれます。
「いらっしゃい。当店はいま特別プロモーション中で、英国製100%ウールのスーツが特別価格です。オーダーメイドのワイシャツとネクタイを無料でプレゼントします。今日が最終日。どうぞこちらへ。」
促されるままに椅子に腰を下ろすと、
「日本人でしょう。わかります。当店には日本人もたくさん来ます。日本への郵送もできますよ。帰国は何日ですか。」
といいながら、日本語で書かれた注文伝票の束を見せてきます。これまでに受けた日本人の注文です。
値段はウールのオーダーメイドスーツが約2万円。それにワイシャツ1着とネクタイを付けるといいます。
注文から5日ほどでできあがり、まだタイにいればホテルに届ける、間に合わなければ日本へ郵送するといいます。
店主は完全に注文ゲットという雰囲気で、サンプル写真と布地サンプルの冊子をテーブルに広げてわたしに見せ、自分は伝票を書き始めています。
「何着作りますか?さっきの日本人は8着オーダーしましたよ。」
「いや、スーツいっぱいあるし……。お金だっていまそんなに持っていないし……。」
「クレジットカードが使えますよ。ほら、最高級の布。見て、触って。最高級よ。チャンスです。あなた運がいい。今日が最後。何着?3着?4着?」
(畳みかけてくるなーっ、このおっさん。んーっ、どうしよう。)ディスプレイされている製品を見る限り、品質に問題はなさそうです。
布地も種類が豊富で、触った感じも悪くありません。(せっかくだから1着だけ作ってみるか。)
「じゃあ、1着お願いします。3日後に帰るから、日本に郵送してください。」
「1着?1着だけ? 最高級よ。ほら、この日本人は8着!」
「1着でいいよ。1着。」
ねばる店主を押し切って1着だけ注文、伝票に住所などを記入します。
スーツの布地を選び、サンプル写真からスタイルを選びます。わたしは細身のダブルにしました。ワイシャツの襟の形も選びます。
ネクタイはあまり好みのものがありませんでしたが、一応選択。若い店員に促されて採寸します。一通りの手続きが終わり、キャッシュで支払って伝票の控えを受け取りました。
店主は次の客の応対をしていますが、わたしが帰ろうとするのを見ると小走りでやって来て、「サンキューベリーマッチ」と握手で見送ります。
トゥクトゥクの兄ちゃんにタクシーが拾える通りまで送ってもらい、50バーツを支払ってバイバイです。博物館もお寺も楽しかったし、買い物も悪くはありません。良い一日でした。
ちゃんと送られては来たものの…
日本へ帰国して2週間ほどが経った頃、約束通り商品が送られて来ました。ハンガーに吊るしてカバーをかけた荷姿をイメージしていたのですが、届いたのは小さな寝袋のような包み。
最小限の体積に丸められています。ほどいてみると、スーツもワイシャツもしわくちゃ。
しわを伸ばしてハンガーに掛けてチェック。あれ?なんか変。縫い目が曲がってる。襟が左右でちょっと違う。肩がピシッと決まってない。
あれーっ、なにこれ……。粗悪品とまではいえないまでも、既製服の方がキレイじゃん。
落ち着いてよーく考えてみました。博物館の前のおじさん、お寺のおじいさん、トゥクトゥクの兄ちゃん、そしてテーラーの店主。
全員英語ができて、わたしが日本人と知っていた節があります。そうです。みんなグルだったのです。完璧な連携プレーでした。
博物館に行くような人は歴史・文化が好き、それに時間に余裕があります。「おすすめのお寺がある」といえば乗ってくる確率は高いはずです。
最後のお寺で親切に解説してあげて、さりげなく仕立て屋のプロモーション情報を突っ込んでくるあたり、心憎いまでのよく練られた演出です。見事にはめられてしまいました。
金払いがよく、人を信じやすい日本人がターゲットにされているのかもしれません。まあ、これもいい体験、1着だけにしておいて良かったと、自分を慰めました。
歴史は繰り返す
その数年後、友人3人とともに再びタイを訪れました。3泊4日の短い旅です。初日・2日目はみんなで過ごし、3日目は個人行動にしました。
夕方ホテルで待ち合わせてから、一緒に夕食へ。話題はそれぞれの今日一日の出来事です。
「Yはどこ行ったの?」
「俺、国立博物館。けっこう面白かったよ。」
YはT大学で日本史を専攻した歴史オタク。どこかへ行ったときは必ずその地の博物館を訪れるといいます。
「あと、ちょっと買い物しちゃった。」
「へー、何買ったの?」
「スーツ。」
「えっ、もしかして仕立てたの?」
「そう。博物館で紹介してもらったテーラーに行った。」
もうおわかりですね。Yはわたしと同じ店に連れて行かれたのです。わたしは迷いました。Yに「お前、はめられたんだよ。」と告げるべきかどうかを。
「で、何着頼んだの?」
「8着。ちょうどほしかったし、安かったから。」
「えーっ、8着!」
一同、唖然です。クレジットカードで払ったそうです。彼は、まさか自分が詐欺に引っかけられたとは思っていません。スーツはちゃんと彼の家に届けられるでしょう。
その品質に彼が不満をもたなければ、何も問題はないのです。わたしは思いを心の沼に沈めました。
まとめ
わたしが購入したスーツは、数回着たあとタンスの奥に吊るされたまま数年を経ています。
Y君とはその後、例の話題について話していません。彼が私と同様、何かに気付いたかどうかは分かりません。彼がタイを好きになったか、嫌いになったかも……。
それにしても、Yはなぜ一度に8着ものスーツを購入することにしたのか。もう少し冷静になれなかったものかと疑問です。
詐欺といえるかどうかもわからない案件です。ただ、タイの一般価格よりは少し高い、一般品質よりは随分悪い品物でした。
知らない人の甘言に乗ってしまったのが原因です。外国でうっかり初対面の人を信用すると何が起きるかわからないと、心に留めてください。
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