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ヨーロッパでオペラ歌手として働く私がやりがいを感じる瞬間とは?心を打たれた印象深いエピソード集

舞台裏から見たイタリアの歌劇場内部

※舞台裏から見たイタリアの歌劇場内部

私はドイツに在住し、イタリア、フランスなどの近隣諸国を含めヨーロッパでオペラ歌手として働いています。

日本人として生まれたがためのハンデも多く、上手くいかないこともたくさんありますが、それでもこの仕事の魅力に取りつかれて続けています。そして、仕事をする中で思いがけず心を動かされる出来事が起こることもあります。

これまで私が築いてきた小さなキャリアの中で体験した心に残るエピソードや、今でも大きなモチベーションになっているうれしかった言葉などをご紹介します。

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目次

稽古中に同僚から贈られた賛辞

ウィーンのオペラ座内部

※ウィーンのオペラ座内部

当時私はまだ、学生とプロのオペラ歌手の中間あたりを漂っている時期でした。紆余曲折あった後、ようやく歌いたいように歌えるだけの技術を身につけつつあり、周囲に認められることも増えてきていました。

それでも、もう一歩のところまで来ている自覚はあるのに、全く将来が見えない辛い時期だったことを強く覚えています。

思わぬ一言が大きな自信に

スイスで、ある小さなプロジェクトの主役を任されていた時のことです。リハーサルも最終段階に入り、連日、共演者たちと通し稽古に精を出していました。

公演が目前に迫ったある日の通し稽古終了後、それまであまり絡むことも多くなかった共演者の一人が声をかけてくれました。

「あなたのあのシーンで、涙があふれそうになって困る

歌唱技術や声色を褒められるよりも、何倍もうれしい言葉でした。ありがとうと言いながら思わず彼女を抱きしめ、私の方が涙を抑えるのに必死でした。

公演後の賛辞ではなく稽古の後だったことから、お世辞ではなく本心から言ってくれたんだろうと思います。伝えたいものが伝わっているのだと、グラグラに揺れて不安真っただ中だった私の大きな自信になりました。

何のために歌っているかを思い出させてくれたライバル

スイス・ルガーノのラジオ局

※スイス・ルガーノのラジオ局

スイスであるオペラ公演に参加した時のことです。

この企画ではダブル・キャストが組まれており、誰がファースト・キャストを担い誰がセカンド・キャストに甘んじなければいけないのかは、2週間ある稽古期間中に指揮者と演出家が話し合って決定することになっていました。

本番に近づくにつれ高まる緊張感

稽古開始当初はそれはあまり大きな問題ではありませんでした。演目が喜歌劇だったので冗談の案の出し合いも稽古のうちだったことと、陽気なイタリア人歌手たちのおかげでキャストはとても良く打ち解け、和気あいあいと稽古を楽しんでいました。

ところが公演が近づいてくると、やはりファースト・キャストを担いたいという思いから、少しずつ現場に緊張感が流れ出します。同じ役を担うそれぞれのペアは互いを意識し始め、稽古中も競争相手がどんなパフォーマンスをしているのかをより注意深く観察するようになりました。

私とその相手には優劣なし

公演を目前に控えたある日の稽古終わりに、ファースト・キャストの発表がありました。

ところが、私ともう一人の歌手が担っていた役に関してだけは、「もう少しだけ考えさせてほしい」と指揮者が言いました。ある程度自信があったため、私は少なからずショックを受けます。

翌日、指揮者と演出家から最終決定のお話がありました。私と彼女に優劣をつけることができなかったこと、ファースト・キャストとセカンド・キャストの公演を2人で半分に分け合って出演してほしいということが伝えられました。

そのまた翌日の稽古に複雑な心境で向かった朝、競争相手の彼女に「おはよう」を言った途端、彼女はただ私の名前を呼んで抱きしめてきたのです。そのハグで気持ちが一気に晴れました。

勝ち負けを競うことが目的ではない

モヤモヤする必要なんてどこにもなかったのです。私たちは双方の良いところを認められ、評価されたということ、勝ち負けのために歌っているわけではないこと、公演を良いものにしたいという気持ちはみんな一緒だということ、そのための仲間だということを彼女に思い出させてもらいました。

公演ごとに新たな出会いがあり、仲間と刺激し合って高みを目指すことができることは大きな財産になります。緊張や苦悩をギュッと濃縮した短い日々を共に過ごす戦友たちは、一期一会になってしまおうとも記憶に鮮明に残ります。

一度しか聴いていない自分の声を覚えていてくれた人

ライプツィヒのオペラ座内部

※ライプツィヒのオペラ座内部

ドイツのライプツィヒで歌う機会があった時のことです。私の歌を聴いた後、一人の女の子が声をかけてきました。

「もしかして、半年前にミュンヘンのコンクールに出てた?

これには驚かされました。半年も経っている上に、ミュンヘンとライプツィヒは同じドイツとはいえ相当離れた場所に位置する都市です。さらに、そのコンクールには100人以上の歌手が参加しており、私は1次審査であっけなく落とされてしまいました。

1次審査から観客に公開されるスタイルのコンクールだったため、お客さんが沸いた手ごたえが強く、2次進出はまず固いだろうと思っていただけに落とされた時はショックでした。

見ず知らずの人の心に何かを残せた

そんな100人強の中のひとりで終わってしまった私の歌唱を半年経ってなお覚えていて、全く別の場所で私を再認識し、「あなたの声が好きだ」と言ってくれる人がいようとは。

私の目標である「見ず知らずの人の人生をちょっとだけ豊かにすることのできる歌手」に、届かずとも掠ることができたのではないかと思えた瞬間でした。

知られざる名曲をお客さんの心に届けられたことを実感

イタリア・ヴェローナ

※イタリア・ヴェローナ

これは、オペラの舞台になかなか上がることができず、イタリアで小さな規模のコンサートばかりに出演していた頃の話です。

師匠に勧められて巡り合い気に入って、当時頻繁に歌っていたオペラ・アリアがありました。シャルル・グノー作曲のサフォー(Sapho)というオペラのクライマックス・シーンで歌われる、とてもドラマティックで美しい曲です。

その美しさにも関わらず、オペラ自体がとてもマイナーなため、そのアリアの知名度も決して高いとは言えません。

ですが、知らない曲でも関係なくお客さんの心を動かすことができる名曲だと思っていたので、私は可能な限りコンサートのプログラムに組み込んでいました。

アリアを目当てに再び来てくれた男性

ただ、もちろん主催者側の要望や共演者たちとのバランスの関係で、いつでも歌えるわけではありません。サフォーを歌わなかったあるコンサートの終演後、中高年のイタリア人男性が声をかけてきました。

「先日あなたの歌ったあのサフォーのアリアを聴いて感動した。あなたの名前を今日のコンサートのチラシで見て、またあの曲が聴けるかと思って来たのに、今日はプログラムに入っていなくて残念だった」

その言葉に私は自分の存在価値を実感することができ、どうしようもなくうれしくなりました。

作品を歌い継ぐのも歌手の役割

19世紀の天才が残した形のない芸術作品は、誰かが歌い継いでいかなければ消え去ってしまいます。

もちろん昨今、録音も録画も簡単に探すことができますが、特にクラシック音楽に関しては、生演奏と録音とでは天と地ほどの差が生じます。歌手たちの気迫が、肌で感じる空気の振動が、会場を巻き込む雰囲気が、録音・録画では伝わりません。

大好きな名曲の数々を、そして過去の天才たちが生み出した作品の数々を後世に残すための媒体になれるのであれば、努力も苦労もいくらでも報われます。日々の小さな悩みなど、どうでもよく思えてきます。

オペラやクラシック音楽に興味を持つきっかけになれた体験

パリの教会内部

※パリの教会内部

パリでジュゼッペ・ヴェルディのガラ・コンサートに参加した時のエピソードです。ガラ・コンサートとは、ひとつのテーマに基づきオペラからの曲の抜粋で構成されたプログラムを、オーケストラ・合唱・ソロ歌手の構成で演奏するコンサートのことです。

この時は、私がオペラ作曲家の中で最も敬愛するヴェルディづくしのプログラムだったため、重責から来る緊張に苦戦しました。それでも無事本番を終え、駐車場で帰りの車に荷物を詰め込んでいた時に遠くから日本語が聞こえました。

「やっぱり挨拶してくる」

そう言ってパートナーを待たせ、日本人女性が声をかけてきてくれました

彼女にとって初めてのオペラ公演

日本人の観客がいたことには気づいておらず、共演者の中にもひとりも日本人はいない状況で慣れないフランス語に手を焼いているところだったため、突然聞こえた母語に一瞬頭が混乱しました。

彼女は結婚してパリに移住してきたばかりだということ、せっかく本場にいるのだからとクラシック音楽を聴いてみることにしたこと、今日がその初体験だったこと、分からないながらも演奏のインパクトが大きかったこと、今後もオペラをたくさん聴きたいと思ったこと等々、キレイな目をキラキラさせながら話してくださいました。

今まで興味がなかった人に、オペラおよびクラシック音楽への興味を持ってもらうきっかけになれたことがとてもうれしく、躊躇しながらも声をかけてくれたことに大いに感謝しました。

まとめ~聴き手の心に響くような歌声を目指して

単純に歌うこと自体が好きな歌手もたくさんいて、私自身も歌うことは好きです。

ですが、やはり私を介して聴き手の心がポッと温かくなったり、何かしらの衝撃を感じてもらえたり、興味のなかったものを好きになってもらえたりした時に、自分の存在が意味を持つように思います。

私自身、ヨーロッパにいるおかげで巡り合えた数々のスター歌手たちの歌を聴いて、涙したり、衝撃を受けたり、時には骨抜きになったりと様々に感情を彩られた記憶が大切な財産になっています。

ご紹介したようなエピソードを思い返すたびに、私もそういう存在になれるよう努力し続けたいと強く思います。

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この記事を書いた人

オペラ歌手・メッゾソプラノ 2013年よりドイツ・トリーア市在住 イタリア、フランス、ドイツを中心に活動中

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