世界銀行が毎年発表する統計の2019年版によると、世界190カ国・地域の中で最も起業しやすい国はニュージーランドだそうです。要する時間や手間、コストなどから総合的に判断されています。
今回、実際にオークランドで犬のトリミングサロンを1人で立ち上げた日本人女性をご紹介します。3年後には予約の取れない店にビジネスを成功させた淡路屋孝子さんに、起業に踏み切った経緯などをお話しいただきました。
- 世界銀行「Doing Business 2019」:https://www.doingbusiness.org/
トリマーとしてブランク約15年からの再就職
日本ではトリミングの学校を卒業後、犬のトリミングサロンで3年働きました。結婚後は人と接する仕事がしてみたくなり、バスガイド、化粧品の営業などをやっていました。
その後、家族でニュージーランドへ移住。仕事を探していたときに、知人の紹介で「犬のグルーミングサロンでトリマーの求人があるからやってみない?」と言われたのです。そこで特にあまり深く考えずに働き始めました。
トリマーとしてのブランクが15年近くあったので少々不安はありましたが、始めてみたらすぐに感覚を取り戻しました。
独立・起業までの道のり
働き始めたお店はオークランドの中心部から少し離れたところにあるサロンでしたが、とても忙しく、トリマー3人で1日30匹以上のカットをしていました。もちろん分担制で流れ作業。それでも私は久々にトリマーとして与えられた仕事を淡々とこなし、気付いたら6年がたっていました。
私は担当した犬のお手入れや健康面での気になる点をお客様にお伝えしたいのですが、実はオーナーがそれをあまり重要視していませんでした。それでは犬のためにならないので改善してほしい旨をオーナーに申し出ました。
しかし全く変わらず、私は次第にサロンの運営方法と自分の理想にギャップを感じるようになったのです。
忙しいサロンで働く中でのフラストレーション
もともと犬が大好きでトリマーになった私です。トリミング中は犬の健康状態・ノミの有無などをチェックします。そして必要があれば、獣医師に相談するように飼い主にアドバイスをするのもトリマーの役目です。
もし、それらが行われないのであれば、私は犬のためのトリマーではない、ということになってしまいます。しかし、そのサロンでは、経営上大事かもしれませんが「いかに決められた頭数を時間内でトリミングするか」に重点をおいていたのです。
また、分担制であまりにも多くの犬を扱っていると、犬一頭一頭の個性が把握できません。私は「トリマーとして、犬にとってベストな対応ができているのか?」という疑問が常に頭にありました。
起業は夢ではなかった?!
そんなさまざまな思いが私の中でどんどん大きくなっていきました。特に計画していたとか、長年の夢だったというわけではありません。ひとえにただ「犬のための、犬が第一というトリミングサロンで働きたい」と思い始め、起業に踏み切ったのです。
友人からは「大丈夫?やめといた方がいいよ。無謀だよ」という意見が多かったです。確かに私は会社経営はもちろん、収支計算などの会計知識も全くなかったです。はたから見たら「無謀」の何ものでもなかったのかもしれません。
ニュージーランドで起業手続きは簡単!
起業の方法は3通り
「ニュージーランドでの起業は簡単だ」ということを耳にしてはいましたが、本当に簡単でした。ニュージーランドでは主に3通りの起業方法があります。Sole Trader(個人事業主)、Company Office(株式会社)、Partnership(2人以上での共同経営)です。
会社申請をしてビジネスナンバーを取得
Sole TraderはIRDナンバー(納税者管理番号)を取得し、税務署に起業の意思をメールなどで伝えて業種番号を選びさえすれば誰でも起業できます。
私は1人で店舗を構える形態になりますので、Company Officeという会社形態をとりました。念のため会計士に全てを任せましたが、会社登録の手続きなども簡単でした。
2015年にはニュージーランド・ビジネスナンバー(NZBN)を取得し、晴れて「Buddies Dog Salon」開店となったのです。
お店オープン時の苦労
店舗場所はいろいろと調べ、ライバルがいない地域を選んだつもりでした。ところが近くにある大手ペットショップが買収されてオーナーが変わった途端になんと!ペットショップ内で犬のトリミングサービスを始めたのです。
オープン時期も重なりました。大手はオープニングキャンペーンで50%オフという宣伝をしている一方で、私のサロンは知らずに20%オフでやっていたのです。世の中にはいろいろな人がいます。
冷やかしで私のサロンに来ては「大手が50%オフをしてるのだから、あなたも50%オフでやってよ」といわれたこともあります。正直スムーズなスタートではありませんでした。
モチベーションを保つ方法
それでもモチベーションを保たなければやっていけません。問い合わせの電話がきたり、だれか来て「トリミングサロン?オープンしたばかり?」というお話をしたりしますよね。それだけでも「一(イチ)」とカウントして、カレンダーに「正」の字を記入していきました。
世間からのどんなわずかな反応でもそれを「1つのプログレス」として視覚化することで、頑張ろうという気持ちになれていたのです。
最初のお客様はオープン時に名刺を受け取ってくださったご近所の方でした。その人が私のカットを気に入ってサロンを広めてくださり、気づいたら口コミで1日4~5匹の予約が入るようになっていました。オープンから4カ月後のことです。
ブレークスルー
一気に経営が安定してきたのは、オープンしてから6カ月ほどたったクリスマスシーズンでした。日本と同様、ニュージーランドも11~12月はトリマーにとって一番忙しい時期になります。
多くの予約が入ってきましたが、お客様の中には「他は予約が取れなかったからノーチョイスなのよ」と言う人もいました。「言わなくてもいいのに……」と思わず苦笑してしまいましたが、そういう人が愛犬の仕上がりを見て固定客へとなっていったのです。
予約が取れないお店へ
おかげさまで今年は固定のお客様が数カ月先の予約まで年頭にしてくださり、2019年2月の時点で年内の予約はいっぱいです。申し訳ないのですが新規の予約が入れられず、キャンセル待ちといううれしい悲鳴をあげている状態です。
現在は社会人になった娘が犬のベイジング(シャンプー)とブラッシング、そしてお客様対応を一手に引き受けてくれてます。娘は学生のころから私が以前働いていた職場でベイジングを2年間担当していたので、ベイジングとブラッシングに関してはベテランです。
娘のおかげで私はトリミングのみに集中できて、今では1日に平均7匹のトリミングをしています。
犬のことを第一に考えたサロン
サロンで初めての犬はいきなりトリミングを始めるのではなく、まずはおもちゃで遊んでリラックスさせ、それからトリミングを始めます。逆に常連犬はトリミング後にたくさん遊んであげます。
通常ケージには入れず自由に歩き回れて、犬同士が遊べるようにしています。全ては、「自分がお客様だったらどうしてほしいか」「犬のためには何がベストな方法なのか」を考えてやっています。
お金の話
驚かれるかもしれませんが、投資額は日本円でなんとたった150万円です。
いざ開業となったときに「お店の内装を凝ってみたい」「もっと広いところを借りたい」という理想がありました。しかし、借金は性格上好きではないので、初期設備投資を必要最低限に抑えました。結果、そうしたことで起業する上での不安要素が断然減ったと思います。
値段設定も同業者からは「安い」と言われていますが、私はそうは思っていません。あまり高い金額設定にして犬のトリミングの回数を減らされ、それが結果犬のためにならなくなってしまっては本末転倒ですから。
トリマーとして仕事で必要な英語力
トリマーとして必要な英語力は、働くサロンによって違ってくると思います。私が以前働いていたサロンのようにお客様と接する機会がない所では、基本の用語さえ抑えていれば大丈夫でしょう。英語力はスタッフと最低限のコミュニケーションが取れればいいだけです。
私はいまでも英語にあまり自信がありません。ただもしお客様に通じない場合は紙に書いて説明し、犬のケアに関してはしっかりとお客様と意思疎通が図れるようにしています。今ではニュージーランドで育った娘に英語の面では頼れるので、とても助かっています。
仕事をする上での喜び
仕事をする上での喜びは犬たちがサロンで楽しそうに遊んでいる姿や、常連犬が私のサロンにうれしそうに入って来る様子を見ることです。
また、ブラッシングに関してお客様にアドバイスを差し上げた後、実行してくださり毛の絡まりなどが減っているとやりがいを感じます。アドバイスを嫌がり去ってしまう人もいますが、私は「犬第一」の姿勢を変えるつもりはありませんので、それはそれで仕方がないと思っています。
常連のお客様は「働きすぎよ!」と差し入れをして、私の身体を気にかけてくださる優しい人が多いです。「いい仕事をしてるね!」とほめてくださったときには、涙が出るほどうれしかったです。
ニュージーランドで犬のトリマーとして働きたい人へ
ニュージーランドではトリミングが必要な犬種が増えてきているのですが、技術の高いトリマーが不足しているのが現状です。
こちらにはトリミングスクールが少なく、オークランド郊外に1校しかありません。多くのトリマーは海外で学んだり、個人のトリマーに弟子入りしていますので、それぞれのトリマーの技術に大きなばらつきがあります。
そのため日本のトリミングスクールで学んだ、丁寧なカットができる高い技術力の日本人トリマーはとても重宝されます。日本のサロンで数年働いた経験があれば即戦力になりますので、ぜひ海外でトリマーとしてチャレンジされてみてはいかがでしょうか。
まとめ~インタビューを終えて
心に残ったのは、孝子さんは起業前から現在に至るまで一貫して「犬のために何がベストか」を常に考えて行動をされている、という点です。
技術が素晴らしいので高い評価を受けているのでしょう。加えて孝子さんの「犬を愛する気持ち」が犬にはもちろん、飼い主さんにも伝わった結果、たった3年で予約が取りづらい店へと成長されたのだと思います。
「今後は一匹一匹に目が届く犬に優しいドッグホテルもできたらいいなぁ」といろいろと構想を練られているようでした。
- Buddies Dog Salon:https://www.facebook.com/
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