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タイで就職!海外在住歴15年の僕が日本を飛び出した理由とは

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ジャンプ

僕が初めて海外に出たのは 21歳のころでした。思い返せば若いときには、なりたいものや目指す職業などの具体的なヴィジョンなど全然なく、あれもしたい!これもしたい!こんなことはしたくない! といった、とりとめのない考えしかなかったように思います。

「海外経験ってかっこいいな!」という安易な憧れからスタートし、30代も後半の現在、いつの間にか海外在住歴15年。今はインドネシアの辺境で、日本のお家産業である真珠養殖に携わる仕事をしています。

そんな僕が日本を出ることになったいきさつをご紹介します。

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バックパッカーに憧れて

バックパッカー

東京で過ごした高校生活ではこれといった人生設計のなかった僕ですが、高校卒業後の進路を決める際、一つだけ決心したことがあります。

それは、大学進学をやめ、その分4年間で「できる限りやりたいと思うことをやろう!」という親泣かせの目標でした。

当然、親には愛想をつかされ、「家を出て勝手にやれ!」ということになりました。

バイト先で聞く海外放浪話に興味を引かれる

これ幸いと生まれ育った東京を離れ、住み込みでできる田舎のアルバイトを探し、長野県の農家でのバイト、伊豆諸島での住み込みバイトなど面白いと思ったことを自由にやっているうちに、そこで出会った先輩たちから聞かされるアメリカ一人旅やアジア放浪の話に憧れるようになっていきました。

そして今度は、建築現場などお金になりそうな仕事に打ち込み貯金を始めます。目標は3カ月の海外一人旅でした。

初めての海外一人旅で自分の小ささを知る

タイ

初めて踏んだ海外の地はタイでした。

いろいろな本や体験談で、「バンコクは世界への玄関口だ!」と言われていたのに加え、一般人がインターネットでエアチケットなどを買うシステムがなかった当時は、バンコクのカオサンロードで格安航空券を探したり、情報を得たりすることが一般的だったのです。

タイからの行き先として定番だったラオス、カンボジア、ベトナムなどの東南アジアをぐるっとまわり、その旅で自信をつけた僕は、そのままインド、ネパール、バングラデシュなどバックパッカーの王道を行くようなルートを通りながら、予定よりも長い半年の期間をかけて初めての海外旅行を満喫しました。

自分に足りないものを痛感

当時21歳だった僕には見るものすべてが鮮烈な、めくるめく楽しい日々でした。ただ、圧倒的に自分に足りないものを身をもって知ることにもなりました。

当時僕は、簡単な英会話さえもできませんでした。旅行中に知り合った様々な国の人々と辞書を片手に話すことで、外国人とのコミュニケーションとはどういうものなのかを多少は理解しましたが、同年代のヨーロッパ人、韓国人に比べて日本人の自分は恥ずかしいほど英語が下手だったのです。

そして、自分の国である日本の宗教観や文化に対してさえ、人に語れるほどの知識がありませんでした。言葉が未熟で話す内容も稚拙というのはまるで幼児のようなものです。

イメージと現実との落差

当時の僕は恥ずかしながら、外国を3カ月も旅すれば英語はペラペラになるだろうと驚異的なほど安易に考えていました。

そして、日本に帰ったら友人に海外での武勇伝を語り、「やっぱこいつすげえなー!」と褒められたりして、めでたし、めでたしと思っていたのですが、実際には旅の終わりに世界の広さと自分の小ささを思い知ることになったのでした。

海外生活を思い描き英語と日本についての勉強を開始

辞書

日本に帰った後、英語の勉強を始めます。高校卒業程度の単語力もなかった僕は「英語の基礎単語1500」という本を一冊買い、まずはそれだけをいつも持ち歩いてひたすらに単語を覚えました。

最初からネイティブのように話すことは目標とせずに、人の言っていることが単語・単語で理解できること、自分の伝えたいことを単語の組み合わせで伝えられる程度のジャパニーズイングリッシュを目標にしました。

英語の勉強の必要性を身をもって知った後だけに、自分でも驚くほど覚えることができました。

海外で暮らすことを考え始める

そして、以前やっていた(親にやらされていた)合気道の道場にまた通い始め、神道や日本刀についての本を図書館で借りてきては読みました。単純ですが、外国人が日本人に対して期待するイメージを裏切らないようにしなければと考えたのです。

見た目こそタイで買ったヒッピーのような服にピアスだらけでしたが、まるで右翼学生のような生活でした。

頭の中ではいつでも「次に海外に出たら」と考えていて、自分が思い描く大人像に近づくためにはどうしても海外で働き、暮らす経験がしたい!と思い始めていました。

2度目の渡航は再びタイへ

飛行機

あまりにも、早くまた海外に出たい!と思っていた僕は、最初の帰国から1年ほどで貯金が100万円になったのをきっかけに、また渡航することにしました。行き先は再びタイです。

ダイビングインストラクターを目指す

今度の計画は、タイでダイビングのインストラクターの資格を取ろう!そしてそれを活かしてオーストラリアかアジアの、透き通るような海に近い島で働こう!というものでした。

疲れたOLの現実逃避のようですが、22歳だった僕はいたって真面目に考えていました。というのも、それ以前に伊豆諸島のダイビングショップで住み込みで働いたことがあったので、仕事に関しては想像できたのです。

また、前回の一人旅の最中に、ダイビングのインストラクターをしながら1シーズン毎に島や国を渡り歩く、というスタイルで働くヨーロッパ人にも出会ったことがありました。

自分にとって最高の条件がそろったタイ

そして何より、インストラクターの資格を取れるタイの養成スクールには世界中からダイビングインストラクターを目指す人が集まり、共同生活を送りながら勉強、試験、その後のインターンシップまでできるとの情報を得ていました。

つまりタイは、英語の勉強ができて資格も取れる、あわよくば僕好みのラテン系ヨーロッパ人女性と素敵な出会いもあるかもしれない!という圧倒的な魅力に満ちた場所だったのです。

タイで就職、幸運が味方して貴重な経験を得る

海

インストラクターの資格を取るまでは、試験やプレゼンテーションなどが毎日ありなかなか大変でしたが、刺激に満ちた日々でした。このときに出会った世界中の友人は、今でも僕の財産です。

資格取得後は、スクールが経営するダイビングショップに日本人担当セクションで就職しないかという話をいただきます。

しばらくの間は給料もほぼない見習いのようなものだということでしたが、英語・ドイツ語・フランス語・韓国語・日本語など世界中の言語でダイビングのライセンス講習を提供していることが売りで、世界中からダイバーが集まるというそのショップのコンセプトが魅力的だったので、喜んで飛び込みました。

バックパッカーブームに乗って会社も成長

当時のアジアには空前のバックパッカーブームが押し寄せていて、僕が働いていたショップもその波に乗りどんどんと成長していきました。

日本人担当チームでも独立して、日本人バックパッカーのためのトラベルエージェントをバンコクに作ったり、ツアーを売り出したりとアイディアを次々に実現します。

100万円だけ持って乗り込み、最初の1年でほとんど使い果たしてしまいましたが、日本人セクションの売り上げのパーセンテージでもらっていた報酬も年々増えていきました。

会社の方針と時代に助けられる

1カ月の生活費が5万円ほどしかかからないタイで、いいときには給料が30万円を超える月もありました。

ダイビングのインストラクターというのは日本では給料が安いことで有名な仕事なのですが、ダイビングだけにとらわれず自分たちのアイディアで売り上げを作り、その売り上げ次第で報酬も決まるという会社の方針と時代に助けられ、とても貴重な経験ができました。

海外で働いてよかったこと、悔やんでいること

タイではその会社で結局5年間働くことになりました。世界中を見てやろうと飛び出したのに、結果的にはほとんどタイだけで過ごしてしまったことになります。

振り返ればここまでが、日本を出てからの僕のアジア生活の前半でした。「日本を飛び出してよかったか?」と聞かれれば、自信をもってよかったと答えるでしょう。

様々な国の人と働ける環境だったので、その中での会話の流れや礼儀、遊び方までたくさんのことを勉強できたことが、今の自分につながる糧となりました。

日本人としての社会経験が欠如

ただ一つだけ悔やまれることは、22歳から海外に出てしまったことで、日本人として当然しておくべき日本社会での経験が希薄になってしまったことです。

日本で暮らしていれば、日本人同士での会話のセンスや空気の読み方、礼儀作法が磨かれていたと思います。

やはり、日本社会でのビジネスマナーなどをきちんと学んだ上で海外での感覚を積む方が、長い目で見ればよかったのではないかなと思うことがあります。

まとめ~いくつになっても謙虚な気持ちを忘れずに

振り返ってみて思うところはいろいろありますが、自分に足りないことを考えたらきりがないので、40代が見えてきたこれからも不足している経験は謙虚な姿勢で積んでいこうという気持ちでいます。

この後に、現在暮らしているインドネシアへと移っていくことになるのですが、その経緯と今の真珠養殖の仕事に出会うまではまた別の記事でご紹介しています。

私の経験が、これから日本を出てみようと考える方々にとってささやかでも何かの参考になれば幸いです。

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投稿者プロフィール

インドネシアはバリ島へ移住して10年。妻と二人の子供と暮らしてます。

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