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コネなし金なしの日本人夫婦がオーストラリアの永住権を取得するまで

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オーストラリアの地図

私と夫は、結婚してから海外移住を考え始めました。夢は「その国の人と同じように働き、友達を作り、家を持ち、地に足の着いた生活をする」こと。

これを実現するには永住権の取得が必要です。しかも、日本で働きながら準備して取得しなければなりません。それがどんなに困難なことかを全く理解しないまま、私たちは現地にも行かず、可能性がありそうな国としてオーストラリアを選びました。

こんな無謀な私たち夫婦が叶えた永住権取得についてお伝えします。

※この記事は筆者の当時の体験に基づいています。現在の状況とは異なるためご注意ください。

海外で暮らそうと思った理由

地球

私は地方公務員でした。偶然知り合った男性は外資系IT企業のエンジニア。その人と結婚し、日本で堅実な暮らしをするはずでした。ところが、気が付けばオーストラリア・ビクトリア州メルボルンの郊外に家を買って住んでいました。

なんでこんなことに?話は私たちの結婚直後にさかのぼります。

2人が持っていた共通の夢

私と夫は結婚してからしばらく経った頃にはじめて、お互いが

「学生時代に海外で勉強したかった」「海外で働いてみたかった」

と思っていたことを知りました。

大人になった自分たちが持っていた共通の夢。その実現のために何かできないかな。そんな軽い気持ちで海外生活について情報を集め始めます。

そして、海外で生活するためには相応のビザが必要なことがわかりました。それまでは観光でしか海外に行ったことのなかった私たちは、居住目的のビザの必要性に気づいたのです。

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永住権の申請先はオーストラリアに決定

手に描かれた世界

冒頭で述べたように、その国の人と同じように働き、家を持って生活するには、期間や行動が制限されるビザではなく永住権が必要です。

でも、日本に住み、日本で働いている、しかもお互いに配偶者は日本人で、特殊技能も、知り合いも、投資するほどの莫大な資金もない。そんな私たちに永住権をくれるような都合のいい国はあるのでしょうか?

ところが、調べると見つかりました。当時は、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、そしてオーストラリアが該当したのです。

永住権がもらえる条件とは

さらに、永住権の付与には国ごとに条件の差があることがわかりました。

  • アメリカ:年1回の抽選(200分の1の当選確率、つまり200年応募し続けてやっと当たるかどうか)、あるいは既に何らかのビザを持ち国内に滞在する人が申請する場合がほとんど。
  • カナダ:ワーキングホリデーまたは語学留学、留学など、既にカナダに何らかのつながりがあることが前提。
  • ニュージーランド:カナダと同様。
  • オーストラリア:まったく自由な枠がある。

この結果から、永住権申請の対象国はオーストラリアになりました。ただし、私たちはこの段階でまだ一度もオーストラリアへ行ったことがありませんでした。

つまり、見たこともない国でしたが、「海外で暮らす」という夢を実現するためにオーストラリアに永住権を申請することにしたのです。

オーストラリアの永住権取得に必要な条件とは

本

オーストラリアの永住権の中でも、特に私たちが取得を目指したのは「Skilled Migrants Independent : AT Subclass 126 (スキルド・マイグランツ・インディペンデント:サブクラス126、以下、独立移住ビザ)」。文字通り、技術を持っている人がスポンサーなしで取得できるカテゴリーです。

その審査方法は、当時は単純でした。年齢・技術力・英語力を全て点数化し、持ち点とします。そして、審査の段階で政府が決めているボーダーラインを超えていれば永住権がもらえるというものでした。

若くて技術があって英語もできる人、つまりオーストラリアに来た次の日からでも働けそうな、健康で若い人を募集していたのです。

各要素の点数化基準

年齢

当時は25~35歳が最高得点である30点をもらえました。私たちはちょうどその年齢でした。

技術力

オーストラリア政府が規定する「List of eligible skilled occupations(リスト・オブ・エリジブル・スキルド・オキュペイション=優先職業リスト)」に載っているスキルが自身の主なスキルと合致し、しかもその経験年数が申請時の直近5年以上だと最高得点の70点がもらえます。

事実上、この優先職業リストに該当する職業でないと、独立移住ビザの取得は困難でした。

幸運なことに、夫はIT技術者で10年近いキャリアがありました。また、当時のオートラリアはIT技術者をほしがっていたので、IT技術者が優先職業リストに掲載されていました。これで最高得点の70点を取得できました。

英語力

IELTS(アイエルツ)という英語4技能のテストがあり、アカデミックとジェネラルという2種類のテストのうち、ジェネラルを受験します。

4技能がそれぞれ0から9の10段階で判定され、さらに総合力が判定されます。私たちは各要素6以上、合計で20点取得が目標でした。

ボーダーラインと優先職業リスト

オーストラリア政府が国内の雇用状況、人手不足の産業の有無から、今どんな人が何人くらい国内で必要かを割り出します。そして、それにより永住権取得に必要な持ち点を上げ下げするのがボーダーラインです。

また、必要な職業の人手を補充するために作るのが優先職業リストです。

この2つとも、国内雇用統計の結果を受けてかなり頻繁に変更されました。多い時には年に6回ほどの改訂がありました。

さらに、申請時ではなく審査時点のボーダーラインや優先職業リストが適用されるので、審査時にボーダーラインが上がってしまい英語の得点が足りなかった、または申請時にはリストにあった自分の職業が審査の時点では外れていたということがあり、そのためにビザが取れないという悲劇も多かったようです。

一番必要なものは運?

このような状況だったため、永住権の取得に必要なものは運ともいわれていました。

私たちはそんなに難しいことだとも知らず、趣味のように情報を集めオーストラリアで生活する日を夢見ていたのです。

注意!

この制度は私たちが永住権を申請した当時のものであり、現在は大きく変わっています。サブクラスも変わりました。オーストラリア政府移民局のHPなどから直接、最新の情報を入手してください。

オーストラリアの永住権取得に向けて準備開始

オーストラリアの道

移住エージェントとの出会い

自分たちで大使館に問い合わせたり資料を集めたりしていた頃に、あるオーストラリアの留学・移住エージェントが東京で「オーストラリアへの移住セミナー」を開催しました。

そこに参加して、特殊技能者でなくても、スポンサーがいなくても、投資するほどのお金がなくても、日本にいながらにして永住権を申請できる枠があることが確認できました。それが上述した独立移住ビザです。

さらに独立永住ビザの取得には、先にご説明した技術力や英語力に加え、膨大な量の書類を用意しなければならないこともわかりました。

そこで私たちは日本語の通じないエージェントとコンサルタント契約を結び、本格的に永住権申請に向けて準備を始めます。

主たる申請者を夫とする

繰り返しになりますが、独立永住ビザの申請は当時、まず自分の職業が「優先職業リスト」にあることが大前提でした。

夫の職業であるITエンジニアがリストにあったため、私たちは夫を主として申請することにします。私はその家族として、夫が永住権を得られれば自動的に永住権を付与されると説明されました。

ただしエージェントによると、今はITエンジニアが優先職業リストにあるけれど、この先いつまでもあるかは保証できないのでのんびりしていられないとのこと。

私たちにとっての問題は、夫の技術力を具体的に証明すること、そして英語力をつけることです。

技術力の証明

夫の技術力をオーストラリア政府に理解してもらうにはどうしたらいいのか。

エージェントは夫に、Australia Computer Society(オーストラリア・コンピューター・ソサイエティ=オーストラリアコンピューター協会)に加盟することをアドバイスしました。

そのためにはまず、日本の情報処理学会の会員になる必要があります。さらに、日本の情報処理学会に加盟するためには既に会員である人からの推薦が必要でした。夫は何人かに当たり、結局職場の同僚に頼み込んで推薦人となってもらいました。

こうして、まず日本の情報処理学会の会員となり、数か月後に無事、オーストラリアコンピューター協会の正会員となったのです。

会員であることはプロであることの証

後にオーストラリアで知りましたが、このような学会・協会に加盟していると、その世界でのプロフェッショナルであることの証明になります。

そしてプロフェッショナルであるということで、オーストラリアで家を購入した際にローン金利が割引されるというオマケまで付いてきました。

英語力の証明

IELTS(アイエルツ)の試験は3か月に1回しか受けられません。夫は仕事上、英語の読み書きはある程度できましたが聞く・話すが苦手でした。一方で、永住権申請に必要とされる点数は月を追うごとにどんどん上がっていきました。

最初はIELTSに関する情報が少なく、とりあえず受験してみましたが、さんざんな結果でした。

しかし、エージェントからは

「IELTSの結果提出は後からでも大丈夫。来年は審査料金が跳ね上がる。その前にまずは申請書を提出しよう」

と言われました。

各種書類の作成

勤務在職証明、職場での評価など様々な書類を英語に翻訳して準備しました。さらに、何通もの似たようなオーストラリア政府向けの申請書に書き込まねばなりません。

目標はその年の年末に申請すること。私たちは必死に書類を集め、書き込みを続けました。

初めてオーストラリアを訪問

その年の12月に申請期限を設定したころになって

「そういえば私たちはオーストラリアを見たことがない。申請前に一度はオーストラリアへ行って、どんなところに住むのか、どんな仕事があるのかを現地で見てみよう

と、9月にオーストラリアを訪れます。

その際にシドニーでエージェントの事務所を訪問し、仕事の相談をしました。エージェントは

「日系のジョブエージェントと懇意にしているからそこに電話してみよう」と、気軽にその場で電話をしてくれました。

厳しい現実を知る

ところが、電話口に出た日本人女性から

「すぐにできる仕事?そんなのありませんよ!甘い考えのままでオーストラリアに来ても働くところなんかないです!

と、いきなり叱られます。激しい言葉にショックを受けながらも、オーストラリアでの就職はかなり厳しいなと覚悟を決めました。

そして、シドニーとメルボルン、移住候補先の2都市を見て、本屋でIELTSの過去問題集を数冊買って帰国したのでした。

オーストラリアの永住権を申請する

IELTSの過去問題を手にした夫は猛然と勉強を再開し、再挑戦。それでも、上がってしまった必要点数にはあと少しだけ足りません。

エージェントからのアドバイスは

「そこまで取れるようになったら大丈夫。とにかく移住の申請書類を年末までに提出しなさい」

そこで、12月末に東京のオーストラリア大使館に申請書類一式を揃えて提出しました。

それから3か月後、ついに夫はIELTSで高得点を取ります。その成績を追加書類としてオーストラリア大使館に送付しました。

ところが、あとは待つだけだよというエージェントの言葉を信じて「これ以上ボーダーが上がりませんように」と願うだけの日々が1年以上続くことになります。

突然の連絡

この間、一度だけオーストラリア大使館から

「審査中にオーストラリアに入国すると失格になります。他の国に出かけることは全く問題ありません」

という知らせがきました。でも、それ以上の連絡は何もないまま時間だけが過ぎていきます

そして、申請書類を提出してから1年を超えた翌々年の2月、突然オーストラリア大使館から

「指定の医療機関で健康診断を受けること。また、警視庁に行って『無犯罪証明書』をもらい提出すること」

と手紙で連絡があり、ビザの申請がどうなっているのかわからないままその通りにしました。

家族の英語力証明が必要

その後、さらに「家族の英語力について」という手紙が来ました。

「過去3か月以内のIELTSの結果を、この手紙を受け取ってから3か月以内に提出しなさい。それができなければオーストラリアで移民向けの英語プログラムを510時間受け、その費用を支払いなさい」

というものでした。

運悪く、その時私は軽い病気で入院中。IELTSのテストを受けることは無理だったため、結局お金を払ってオーストラリアで英語を勉強することにしました。

オーストラリアの永住ビザが送られてくる

4月半ば、またしても突然オーストラリア大使館から、パスポートを送るようにと手紙が来ました。これ以上何をどうするんだろうと思いながら、言われた通りにパスポートを送ります。

そして5月の連休明け、また突然に分厚い封筒と書留が大使館から送られてきました。分厚い封筒の中を開けると、たくさんの書類の山。はて、これ以上何を?と思いながら書留の方を開けると、そこには私たちのパスポートが。

中を確認すると、見慣れないシールが貼られていました。それが独立永住ビザ、Class AT Resident : Subclass126でした

永住権取得を思い立ってから2年半、ついに私たちはオーストラリアの独立移住ビザ、永住権を手にしたのです。

オーストラリアに移住

先述した通り、私たちが永住権をもらったのは5月でした。ビザには、翌年2月中旬までにオーストラリアに入国すべし、とあります。

これは、短期旅行でもいいからその日までに一度オーストラリアに入国しなさい、という意味だったのですが、私たちは

「移住そのものを2月半ばまでにしなければ無効になる!」

と勘違いし、慌てて日本での生活を終えるための準備を始めました。

住居と仕事

まずは住む場所をビクトリア州メルボルンに定めます。ネットで検索した賃貸物件価格、想定される生活費、就労機会から選びました。最初はコンドミニアムに2週間、そして次には賃貸アパートを借りてオーストラリア生活がスタートします。

夫は現地で仕事を見つけ、私もビザ取得の際に決められていた英語の勉強510時間の後に就職しました

2年後にCity近辺にマンションを買い、さらにその3年後にはCityから10キロほどの緑が多い穏やかな住宅街で一軒家を手にすることができました。

私たちがオーストラリアの永住権を取得できた理由

成功の理由としてまず挙げられるのが、当時の永住権審査がシンプルだったことです。現在のように、オーストラリアの大学を卒業していることが事実上必要だったり、就業先が決まっていたりする必要がありませんでした。

次には、夫のITエンジニアという職業が3年以上優先職業リストから外れなかったことです。

また、正規のエージェントを使ったことで、技術力の証明方法を教わることができ、移民局からの信頼を得られたことも挙げられます。

自分たちではどうすることもできない要素もあったので、まさに運としか言いようがありません。けれど、不利な状況をどのように乗り切るかも考え方次第です。

今の苦労が未来につながる

確かに私たちのケースでは、現在よりも楽に永住権が取れました。しかし、当時はネットで永住権に関する情報、特に日本語での情報を得ることは不可能でした。働きながら自分たちで地道に移民局のHPを読み込むしかありませんでした。

エージェントは遥か彼方にいて、しかも日本語では相談できません。2人だけで考えながら大量の書類を作成し続けました。ただ、これによって永住した後の状況、英語まみれの生活をかなり想像することができ

「笑う日は1日、泣く日が10日だな」

と覚悟が決まりました。

そして、何よりも日々の仕事をしっかりこなすこと。それが周囲からの理解と助けを得られることも学びました。

どんな時代にも困難はある

私たちより前には、書類さえ英語で書いて出せば「英語力がある」とみなされ簡単に永住権がもらえたという時代もあります。けれどもその頃は、永住権に関する情報は日本にいてはまず知り得ませんでした。

このように、どんな時代にも相応の苦労があります

今、永住権取得を考えている方は、豊富なネットの情報の中から自分に合うものを選ぶことができます。日本人の経営するエージェントに助けてもらうこともできるでしょう。

そういった利点を活かしながら地道に努力してください。

オーストラリアの永住権を得るその他の方法

人々

最初は誰一人知り合いのいなかった街、メルボルンでしたが、だんだんと友人ができました。移民対象の英語学校で出会った同じ新人移民の友人や、職場で出会った友人、そして日本人の友人。

お互いに助け合うことのすばらしさを感じる中で、特に他の日本人がどうやって永住権を取ったのかを聞くことができました。参考に、それをお伝えします。

オーストラリア人との結婚が最多

最も多いケースは、現地の人との結婚によるMarriage visa(=マリッジ・ビザ、婚姻ビザ)です。

その次は、ワーキングホリデー→学生→就労→永住、または学生→永住とビザを変更する、いわゆる「ビザの出世魚コース」でした。

我々のようにコネなし金なし訪問歴なしでいきなり永住権を取得した他の人には、その当時は会うことがありませんでした

「ビザの出世魚コース」をたどった人はみなさんオーストラリアが大好きで、中には「今、優先職業リストに『美容師』があるから永住ビザを取るために美容師学校へ通っている」という学生さんもいました。

多くの人はエージェントや知り合いに頼み、永住権取得に向けて必死に努力していました。それだけオーストラリアでの生活を気に入っていたからです。

自分たちなりのチャレンジで得られたもの

この人たちの「オーストラリアが好き!」「ここに住みたい!」という気持ちを点数化できたら、私たちよりはるかに高得点で永住権がもらえるでしょう。

オーストラリアに大した思い入れもなく、消去法で選んだ自分たちと比べると、恥ずかしく思うこともありました。

けれども、日本にいながら永住権を得るという過程にチャレンジしたからこそ、その後の現実、つまり英語まみれの生活、自分が動かなければ誰も何もしてくれない生活を想像することができたと思います。

オーストラリアの永住権取得に向けたアドバイス

パスポート

永住権を取ることは決して簡単ではありません。けれども、全く可能性がないというものでもありません。私なりのアドバイスを少しご紹介します。

日本での仕事を続ける

日本国内に居ながらにして申請できる場合は、今の仕事を続ける選択肢も残しておいた方が、ビザが取れない場合にも困りません。取得できたらその時点で再考することも可能です。

さらに、日本で働き続けることにより、移住後の生活の基盤づくりに必要な資金を作ることができます。

私たちは取得準備の間も働き続けたことで資金が調達できました。この資金は、オーストラリア生活初期に収入が得られず、2年間は一切の生活保護ももらえず、一方でお金はどんどん出ていくという苦しい毎日を支える貴重な財産となり、また心のよりどころにもなりました。

最初の最も困難な時期にお金があることは、精神的な安定を得るためにも大いに役立ちます。

エージェントに丸投げしない

移住エージェントに助けてもらう場合でも、決して丸投げしないよう注意してください。日本とは違い、任せておけば安心というわけにはいきません

これは移住エージェントに限らず、オーストラリアでの生活全般にわたることです。というのも、日本とは異なり、「プロフェッショナルの技術」や「お客様のためにサービスを尽くすという発想」がオーストラリアにはあまりないからです。

できることは自分でする。オーストラリアでは、確実に生き残る方法だった開拓時代からの記憶が未だに生きているのかもしれません。

常に自分から動くことを心がける

任せているから大丈夫と放っておくと、あなたのケースはファイルの底の方に沈みっぱなしということも大いにあり得ます。これが日本との大きな違いです。

エージェントからしばらく連絡がなかったら、こちらから「その後、どうですか?」と一言メールを入れるなどコミュニケーションを絶やさないようにしましょう。

常に、できる限り自分のことは自分でする姿勢が大切です。

助けを得ながら根気よく

永住権の取得には様々な方法がありますが、いずれにしても簡単なことではありません。根気が必要です。そして永住権の取得はゴールではなく、スタートです。

永住権を得た後の生活の基盤づくりは結局、自分たちだけが頼りです。泣いたり笑ったりしながら異国で暮らしていく、そのための身分保障が永住権であり、その上にどんな夢を築くのかはあなた次第なのです。

正しい情報と助けを得て方法を探してみてください。永住権取得のために必要となるあなたの根気とやる気が、その後の生活でも必ず役に立ちます。

まとめ~永住権取得は通過点

外国の永住権取得は大きなチャレンジですが、先にも述べたように本当のチャレンジは取得後に始まります

永住権をもらうということは、その社会で他の人と同様に生きていく許可を得ることになりますが、実はそれだけです。就職の保証も、家の保証もありません。生活保護や各種福祉は永住権取得後も長期間適用されません。

つまり、持参した自己資金、または現地での仕事を得ない限り生きていくことは難しいのです。そのことを肝に銘じてチャレンジしてみてください。Good luck!

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藤本薫子(ふじもと かおるこ)

藤本薫子(ふじもと かおるこ)

投稿者プロフィール

オーストラリアなど約10年の海外生活・海外就職を経て、ライター兼日本語教師。国内・海外を問わず旅行計画の立案・手配に燃える。読書と文章書きに生きがいを感じる愛犬家。

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