タイという国にとっての特別な生きもの、ゾウとタイ人の深い関わりを探る

ゾウに乗る 東南アジア

タイの国旗といえば、赤・白・青の横縞の旗。皆さんイメージできるでしょう。

ところが、今からおよそ100年前までは、全く違うものでした。それは、赤字に白いゾウ。タイはゾウを国の象徴にしていたのです。今も海軍の旗「海軍旗」には、中央に白象が描かれています。

ゾウはタイという国にとって、そしてタイ人たちにとって、特別な意味をもつ動物です。タイにおけるゾウの意味について探ってみましょう。

王室の守護神/歴史の中でのゾウ

タイのお金に書かれたゾウ

50バーツ紙幣の裏面には、ゾウに乗る武装した人物が描かれています。タイ3大王の一人に数えられるナレースワン大王、アユタヤ時代の英雄として知られる人物です

戦いの中でも重要なゾウの存在

隣国ビルマ軍のアユタヤ侵攻に際してビルマ王太子と騎象戦での一騎打ちを行い、これに勝利しました。この歴史的勝利を足掛かりとしてナレースワン大王は攻勢に転じ、国を守っただけではなくかつての失地を回復しました。

これにより、アユタヤ王朝の基盤は確固たるものになりました。ゾウは戦いの中で重要な存在でした。今でいう戦車です。その破壊力と丈夫さはあまたの敵を蹴散らし、乗る者を守ります。王室では、戦闘用のゾウが多数飼育されました。

日常生活にも活躍するゾウ

王室のゾウは戦闘用ばかりではありません。重労働や運搬、乗用などにも、それぞれ専用のゾウが使われました。

アユタヤには現在、「エレファント・クラール(象囲い)」と呼ばれる施設が復元されています。四方を壁に囲まれた広場で、その内側にはチーク材の太い柱が並べられています。四辺のうちの一辺には王が座るためのパビリオンが造られています。

パビリオンの正面には狭いゲートがあり、その外側には外に向かって広がる八の字型にチーク材の囲いが造られています。ここにタイ全土から集められた数百頭のゾウが追い込まれ、狭いゲートからエレファント・クラールの中に導かれます。

広場に入ったゾウ達の中から、王室の戦闘用、使役用、乗用などのゾウが選ばれるのです。ゾウの選定は王室の重要なイベントで、王が臨席して行われました。

神聖な存在の白象

またこの他、王室には白象が献上されることがありました。白象は神聖な存在と考えられ、優れた王の治世に出現する瑞兆とされています。数多くの白象を持つ王は優れた王と考えられてきたのです。

このためアユタヤ時代の王たちの中には、白象の探索に異常なまでに執着する者もいました。

ほとんどの白象は全身が白いというわけではありません。体に薄い色の部分がいくつかあり、白象の判定基準に適合するものが白象として認定されます。白象は王室で大切にされ、王が名と官位を与えました。

2016年に崩御されたラーマ9世プーミポン・アドゥンヤデート王は、7頭の白象を所有していました。これほどの数の白象の所有は非常に稀なことです。

タイにはいくつかの種類の勲章がありますが、その中でも上位に位置づけられるものに「白象勲章」があります。外国人に贈られる最高位の勲章です。

聖なる生きもの/宗教の中でのゾウ

ガネーシャ

タイは仏教国として知られますが、あちこちでヒンドゥー教の寺院を見かけます。また仏教の中でも、ヒンドゥー教の神々が仏教の守護神と考えられて祀られます

そんなヒンドゥー教の神のひとつに「ガネーシャ」があります。太鼓腹の人間の体に4本の腕、ゾウの頭をもちます。ヒンドゥー教3大神の一角、シヴァの息子とされます。富をもたらす神で、タイでは商人を中心に非常に人気があります。

日本などの大乗仏教では、ゾウは普賢菩薩の乗り物として登場しますが、タイの上座部仏教でも霊的な存在とされ、寺院に彫像が置かれたりレリーフが施されたりします。

また、ブッダ伝の中で、ブッダは白い象として母の夢に現れその胎内に入ったとされます。この説話はタイでは子どもたちの間にも普及するポピュラーなものです。

このようにゾウはタイ人が信仰する仏教の中でも大切にされる存在です。このためタイ人にとって、ゾウはふつうの動物とは異なり、親しみが持てると同時に畏敬の対象でもある特別な動物なのです。

密林の支配者/タイの野生ゾウ

野生のゾウ

タイには野生のゾウが約2,250頭いると報告されています。かつては今よりはるかに多くの野生ゾウが生息していましたが、森林の開発や道路の建設などにより生息環境が脅かされ大きく減少しました。

アジアゾウは、サバンナに暮らすアフリカゾウと違って主にジャングルの中に生息しています。

メスは子どもとともに数頭の群をつくりますが、オスは通常単独で行動します。群に発情したメスがいる場合はオスが群に加わることがあります。オスは平均15㎢、メスの群は30㎢の行動範囲をもち、乾季にはさらに長距離の移動をします。

しかし現在は森林の分断によって大規模な移動ができなくなり、生息環境が制限されています

体の大きなオスは性格が荒く人々から恐れられています。日本では、ゾウというと温和で人懐っこいというイメージが一般的ですが、タイでは猛獣として恐れられる場合が多いようです。ニュースでも時折、野生ゾウが民家や自動車を破壊する事件が報道されます。

バンコクへ向かう参道にて野生のゾウに遭遇

わたしも野生ゾウに遭遇し、ひやりとした経験があります。カオサン国立公園に行った時のことです。カオサンはタイでも最大級の面積を持つ自然公園です。

山岳地帯に熱帯雨林が広がっており、多彩な野生動物が生息しています。バンコクの北東、イサーン(東北地方)の入口に位置します。

片側1車線の山道をバンコクへ向かって車で走行しているときでした。それまで快調に走行していた道に、突然渋滞が出現しました。ただの渋滞ではないようです。数台がそろりそろりとバックしてきているのです。

先頭の車の先を見ると、そこにいたのが野生のゾウです。体の大きなオスのゾウでした。ジャングルから山道へ出て来て、坂道をゆっくりとこちらへ登って来ていたのです。

先頭の車からゾウまでは30mほどの距離です。ゾウの歩く速さに合わせ、みなじりじりとバックします。と、ゾウが急に速度を速めました。先頭の方の車は焦ります。後続の車がつかえ、このままだとゾウに追い付かれてしまいます。

先頭の車の運転手は意を決し、大急ぎでUターンし、後続車を置いて反対方向へ走り去って行きました。残された車もUターンを図りますが、細い山道で一斉にハンドルを切ろうとしてもぶつかりそうになって混乱するだけ。列を乱しながらもバックするしかありません。

隣で子どもが大声を上げます。「危なーい!早く早く!」。わたしの車は先頭から3台目でしたから、かなり危険です。子どもはもう、絶叫です。その時でした。ゾウが道を外れ、密林の中に入って行きました。

あとにはなぎ倒された灌木が……。一同、脱力です。先頭の車からはわずか10m足らず。ゾウが森に戻ってくれなかったらどうなっていたことかと、冷や汗が流れる一幕でした。

タイではこのように、野生ゾウに遭遇することが少なからずありますが、その絶対数や生息環境は危機的な状況にあります

アジアゾウの4つの亜種(インドゾウ、セイロンゾウ、スマトラゾウ、マレーゾウ)は、いずれも国際自然保護連合(IUCN)によりレッドリストの絶滅危惧種に指定されています。

タイ政府はゾウを保護する法律を整備し、国立ゾウ保護センターや高齢ゾウ施設などを中心に保護活動を行っています。

国立ゾウ保護センターは「子ゾウ訓練学校」を前身とします。もともとは森林伐採に従事する若いゾウの訓練と、その予備軍としての子ゾウの飼育を目的とするものでした。

森林でのゾウの仕事が奪われたあとは、より広範な目的をもつ機関として改変されました。現在はゾウの保護、事故や病気のゾウの治療、ゾウ使いとゾウの訓練、ゾウをめぐるツーリズムの指導管理などの活動を行っています。

さらに、野生ゾウの繁殖や家畜ゾウの野生復帰計画を実現するための研究も進められています。

働くゾウ/飼育下のゾウの状況

ゾウに乗る

タイでは古来、ゾウは重要な労働力として飼育されてきました。現在のタイでは、野生ゾウとほぼ同数の約2,200頭が飼育されています

ゾウはヒトに近い60~70年の寿命をもちます。ゾウ使いの家の子どもは、子ゾウが生まれると自分のパートナーとして面倒を見、生涯をともに過ごします。

スリンの「ゾウ祭」

タイでのゾウと人間の深いつながりを伝えるもののひとつに、スリンの「ゾウ祭」があります。スリンはカンボジア・ラオス国境に近い東北地方の町です。毎年11月に行われる祭には周辺地域から200頭以上のゾウが集まります。

普段はのんびりとしたスリンの街ですが、この時ばかりはゾウと観光客で大賑わいとなります。

メイン会場となる競技場の沿道には、数百メートルにわたってテーブルが並べられ、果物や野菜が大量に盛られます。この道を数えきれないほどのゾウがパレードします。観光客は自由に餌を取ってゾウ達に与えることができます。

競技場ではゾウ達のサッカー、Tシャツへのペインティング、騎象戦などのショーが行われます。

林業がゾウの最も活躍する場

かつてゾウが最も活躍した場面は、林業の現場でした。密林の中からチーク材をはじめとする木材を搬出する際、ゾウは欠かせない労働力でした。道のないジャングルの中でも、ゾウは灌木をなぎ倒しながら材を引いて歩くことができます。

もともと山岳地の森林に暮らす動物なので、勾配のある場所の昇り降りも巧みです。このためタイの林業は、ゾウがいないと成り立たないほど重要な存在でした。

ところが、乱伐によって資源の枯渇・森林の破壊が顕著になったことから、1989年、森林の伐採が禁止となりました。タイの林業はほぼ壊滅し、それまで林業に従事していたゾウは一斉に職を失いました。タイ全土に失業ゾウがあふれる状況となったのです。

その後バンコクのスクンビット地区など、人通りの多い地区にはたくさんのゾウが現れました。ゾウ使いは観光客などにバナナや野菜などの餌を売り、日銭を稼ぎました。

しかし、これらのゾウも排除されることになりました。排泄物が衛生上の問題となり、また渋滞の一因になっていると指摘されたのです。都市部へ無許可でゾウを連れてくることは全面的に禁止され、多くのゾウがもとの場所へ送り返されました。

エレファント・キャンプにてゾウの訓練

こうした飼育ゾウの窮地を救うため増えている施設が「エレファント・キャンプ」です。ゾウを訓練し、観光客などにショーを見せたり、ライドやトレッキングを行ったりする施設です。

こうした施設はチェンマイなどを中心にもともとあったのですが、失業ゾウが一挙に増加した1989年以降各地にできました。現在ではタイ全土で70箇所以上に設置されています。

エレファント・ライドではその土地ごとにさまざまな景観をゾウの背に乗って楽しむことができます。アユタヤでは寺院や遺跡の間を、プーケットでは海岸の道や森の中を行きます。

チェンマイやカオサンなどの山岳地帯では、ジャングルや川の中などを通り大自然を満喫することができます。

エレファント・キャンプはゾウの居場所になっているだけでなく、客から徴収する料金によって多くのゾウの飼育費用を賄い、その命をつないでいます

ゾウを訓練するために、ゾウ使いたちは特別な道具を使います。ハンマーと鉤を一体化したようなもので、ゾウの頭を叩いたり、皮膚の弱い部分を突いたりします。これがゾウの虐待に当たるとする非難の声がネット上に数多く掲載されています。

たしかに、エレファント・キャンプでの厳しい訓練風景を覗き見たり、エレファント・ライドで耳の裏側から出血しているのを見たりすると、彼らの非難の一部は当たっていると言わざるを得ないと感じます。

ただ、タイ人は長い歳月をかけてこうした訓練方法を作り出し、数百年の間ゾウとの緊密な関係を続けてきました。ゾウの訓練は、ひとつの文化の形といってもよいでしょう。

気を抜けば、人間は簡単にゾウに踏み殺されてしまいます。猛獣であるゾウを飼いならすためには、人間が絶対的優位に立たなければなりません。圧倒的な力の差を埋め、さらに優位に立つためには厳しい向き合い方が必要です。

家畜のゾウは、なにがしかの稼ぎを上げないと、大量の餌をもらい続けることができません。飼い主のゾウ使いは、彼らを養っていくために訓練し働かせます。エレファント・キャンプで観光客の相手をすることができなければ、ゾウ達は生きていけないのです。

まとめ

ゾウに乗る

日本人は桜の花に対して特別の感情を抱きます。満開の花の下に集い、散る花びらに人生を重ねます。日本人にとっての桜と同じとはいえませんが、タイ人にとってゾウは特別な動物です。

タイの観光地に行くと、ゾウに会う機会があるかも知れません。エレファント・キャンプを訪れれば、ゾウと触れ合うこともできます。そんな時、ゾウとタイの人たちの強い絆と、ゾウを取り巻く様々な問題について、少しでも思い起こしてもらえればと思います。

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